信念の人・天城 博行

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信念の人・天城 博之 : 営業編

この物語は、大手生命保険会社を早期退職し、生まれ故郷にUターンし、第二の職場を温泉旅館にもとめた「天城 博之」という男のお話です。転職先の温泉旅館でも、生保業界で得た仕事の流儀は絶対だと揺るがぬ信念をもって、その手法をかたくなに守り実行した男の奮闘記です。

浜名湖かんざんじ温泉
浜名湖かんざんじ温泉

1. ホテル舘山寺の天城さんが来た

早朝、東の空が朝焼けに染まる。あっという間に朝日がギラギラとした太陽に変わる。9月だというのに強烈な光線が事務所内に容赦なく差し込んでくる。冬は温室のようで天国だが、夏は勘弁してよといいたくなるお日様であった。ここは、まだ本当の旅館の心があった時代に、伊豆熱川温泉の旅館で修業した湯の街 ネヲン(オレ)が、脱サラして起業した「総案」の埼玉事務所である。総案とは「ホテル旅館総合案内所」の略称で、旅館と旅行業者を結び付ける便利屋で、お客さんの目には触れることのない観光業界の裏方の仕事である。

今日も暑くなりそうだ。スーツ姿で天城さんがやってきた。オレと同年代の彼は、浜名湖かんざんじ温泉の「ホテル舘山寺」の支配人だ。前職の大手生命保険会社では、順調に階段を上り、営業所長を経て、地域を統括するエリアマネージャーまで勤めた。性格が真面目ゆえ融通がきかないのが欠点だが、物腰柔らかく言葉遣いも丁寧で紳士然としている。そして、彼には、大企業出身者特有のいやらしさがなかった。そのはずである。前職のプライドが邪魔すれば、温泉旅館なんて勤まるはずがない。珍しいタイプである。

ホットコーヒー

「暑かったでしょう」といいながら電話予約担当の家内がコーヒーを淹れに席を立った。コーヒーミルの回転音がやむと、室内には香ばしい薫りがただよった。二人の前にコーヒーが運ばれた。彼はめったに喜怒哀楽を顔に出さないが、このときばかりはわずかに表情をくずす。ステックシュガーを半分、コーヒーフレッシュを丁寧に落とす。

天城さんの勤めるホテル舘山寺は、収容人員300人で先代からの家業を引き継いだ二代目夫婦が経営する中規模の温泉旅館で、浜名湖の内浦湾沿いにある評判のいい旅館だ。

天城さんの来訪は、オレ(総案)と一緒に埼玉県内の旅行業者にセールスをかける「同行営業」をするためである。「同行営業」とは業界用語で、総案の所長または所員が運転する車に、旅館の営業さんを1~3人同乗させて、いっしょに営業することです。

旅館と総案の同行営業は、この業界の強制的な決まりごとではない。任意である。旅館と総案のそれぞれの思惑があいまって、いつからかこの業界の慣行となっていた。

よその総案はおおむねルートセールスであったが、前職が旅館の湯の街ネヲンは、自分の営業経験から同乗する旅館の特徴に合わせて、旅行業者をピックアップして営業するという方法をとっていた。もちろん、遠方より来てくれた営業さんの実績がアップするための配慮である。

2. 提案営業の分厚い資料

じつはオレの営業は、人材の乏しい温泉旅館業界だったので見よう見まねの我流であった。なので、天城さんと知り合って、その前職を知ったときは、本物の営業が習得できると胸が高鳴った。天城さんへの期待が膨らんだ。

弁天島赤い鳥居

当初、天城さんに強く感銘を受けことがある。営業の補助資料として、井伊家菩提寺の龍潭寺や竜ヶ岩洞、中田島砂丘などの名所・旧跡や、エアーパークやうなぎパイファクトリーなどの施設・工場見学ができる人気観光スポットのリーフレットを開き一枚の印刷物に戻し、それを30部以上もクリアファイルに分厚く差し込んで、目標営業件数と同じ20冊も用意してきたことだ。そのすべてを入れた手提げ袋たるや、持ち上げると自然に力瘤が出るほどであった。

旅館の営業さんの仕事は、主に旅行業者から送客をしてもらうことである。そのために自館の魅力をアピールするのが一番であるが、行き帰りの道中を楽しくするためのドライブインや観光施設等の提案も、おろそかにはできない大切な仕事である。

オレは、天城さんの膨大な資料を見るたびに思うことが二つあった。一つは、営業マンたるものの基本の一つは万全の準備である。それは、多くの情報を提供できる営業マンが優秀の証であるからだ。もう一つは、天城さんがその資料作りをしている様子を想像したことである。大量のリーフレットの束を自宅に持ち帰り一杯をやりながらかな…、とか、奥さんもたまには手助けをしているのかなと…。優秀な人の余裕ある家庭の風景を想像した。

だが、天城さんを我が営業の師と仰ぎ始めた矢先、ある営業先で天城さんのとんでもない行いを目にしてしまった。

天城さんが旅行業者に自慢の分厚いファイルを手渡すと、旅行業者は資料収集の労をねぎらいながらアレコレと天城さんに話しかけた。二人のやりとりをみて、湯の街ネヲンは、やった! 天城さんの思惑どおり 、資料をエサに話題の主導権をにぎったぞとニンマリとした。これが、大手生保会社の営業手法かと感心しながら見守っていた。

が、とある観光施設の具体的な話題になったときから天城さんの言動が不自然になった。天城さん指先をなめなめリーフレットの束をめくるが、なかなか探し出せない。オレ、わが耳目を疑ったが、まだ天城さんに対する尊敬の念が崩れていなかったのでいいように解釈した。あっ、そうか! 資料は下の者に作らせたのかと思い直した。

が、天城さんは、旅行業者の質問に対してウヤムヤな返答しかしない。しかも、リーフレットを縦にしたり横にしたり、表にしたり裏にしながらである。彼の受け応えからは、現地の情報をしっかりと把握しているようには聞こえない。オイオイ、おまえは何のために大量の資料を持ち歩いているのだと、彼への信頼が一気に吹っ飛んだ。

さてはコイツ、膨大な観光資料を持ち歩くのは、自分の熱心さを演出するための道具で、観光資料の本当の使い方を理解していないのかと思った。それとも、資料をかき集めるのは自分の仕事だが、それから先は、旅行業者よ! オマエの仕事だろうと思っているのだろうか?

3. 一人では営業できないの?

さて、埼玉は面積の小さな県だが人口は多い。信号の数も多いし道路も混む。それと、オレの旅館状況に合わせた営業をという主旨を知ってか知らずか、天城さんは、オレに一日の訪問件数を、セールス方面や地区事情などを考慮せず一律に20件と課した。このノルマを達成しないと彼は機嫌が悪くなる。彼と知り合った当初は、その営業姿勢に共感を覚えたが、なんとなくその実像が見えたら余分な努力はしたくなくなった。

総案(オレ)にとっては、送客してくれる旅行業者が一番のお客さんだが、月々の運営経費を分担してくれる旅館も大切なお客さんである。だから、彼の要求をむげに断わるわけにはいかなかった。チョットしたストレスであった。

ならば湯の街ネヲンよ! 天城さんと同行のときはコース変更をして、彼が気分よく仕事ができるようにしてあげればいいではないか、という声が聞こえそうであるが、それではこの物語がおもしろくならない。この物語は、大きなリュックに過去の実績を詰め込んだ中年の男と男の意地のぶつかり合いが見せ場である。

ブレーキランプ

ある日の夕刻、オレなりの営業が一段落したので帰途につこうとすると、その気配を察知してか天城さんは「あと、5件分の資料が残っています」といたく不満げにいった。オレ、その言葉に、なにが資料だ、ただの印刷物の束だろうがとムッとしたが、言葉にはしなかった。

胸くそは悪かったが、そこはお客さんなので平静を装いオレは「そんなに仕事がしたければ一人で勝手に回れば…、営業は件数よりも中身だよ」というと、彼はすかさず反論する。

「いいですか、私の基本的な営業方針は種まきなんです。だから一定の件数を回ることには意義があるんです。それと、一人で回らないのは、県下における所長さんの信用をもとに、私の営業力をプラスして成果をあげることなんです」と、もっともらしく言い返される。

そんなときオレは「所長の信用力を利用してなんてカッコいいことをいうが、本当はひとりでは営業が出来ないんじゃないの」と相手の弱みを突くような言い方をする。

天城さんも負けてはいない。「そんなことはない。私は断わられることからはじまる生保業界を生き抜いてきた」と反論する。でも、最終的には片道4時間近くもの時間をかけて営業に来てくれる天城さんの労をねぎらって、たいして意味もないところに立ち寄ってノルマを消化し、彼の気持ちを満足させて帰してあげた。

4. 天城さんと昼メシ

もともと温泉旅館は衣食住つきの職場だったので、社員が営業に出ると、食事代もちろんすべての経費を旅館(会社)が負担してくれた、そんな慣行のある業界なので、湯の街ネヲンは、旅館の営業さんが来るのが楽しみがであった。旅館の営業さんは、おおむね1000円前後の予算で昼メシをご馳走してくれるからだ。

ある日、まもまく11時半になる。そんなわけでオレは天城さんに「お昼は、ナニにしましょうか?」とお伺いをたてる。答えは「いつもの」であった。オレは少々イヤミっぽく「はい、わかりました」と返す。お客さんに対して失礼な言い方をするにはワケがあった。天城さんがいった「いつもの」とは、濃厚こってり系のラーメンのことである。お店に入ると、ミニ丼付きのラーメン大盛セットと餃子を平然と注文する。

そして、運ばれたラーメンに、おろしニンニクをたっぷりと入れて美味そうにすする。餃子も然り。食欲旺盛である。

初めてのときは驚いた。「おいおい、これが営業マンのメニューかよ? 営業マンのマナーは?」といいたかったが、元一流会社の社員のやることだからと受け入れることにした。それと、オレもラーメンが嫌いじゃなかったので、後先を考えず同調することにした。

ある日、正丸峠をこえて秩父市に入ったら10時を過ぎていた。天城さんの「いつもの」という要望に答えるべく、オレは頭の中のパソコンをオンにしてググった。コテコテ系のラーメン屋を探したがでてこない。それではとセールス先で情報収集した。やはり、市内にはそれ系のラーメン店はナイとのことだったが、テレビでも放映され地元では人気の "珍達" というラーメン店を教えてくれた。

駐車場の混雑ぶりを見て期待に胸が膨らんだ。名前は ”珍達そば” だが、れっきとしたラーメンであった。具材はゴマ油でいためたネギと豚肉だけがのっていた。とにかくやけどしそうに熱かった。

珍達そば

残念ながら、餃子は夕刻からしか食べられないのと、麺の大盛がなかったので、天城さんはおおいに不満げであった。”珍達そば” オレは、これはこれで個性だと思った。

昼メシが終わった。これだけは同類のせっかち系の二人はすぐに席を立つ。そして、ここからは天城さんのお昼寝タイムとなる。不測の事故に備えてか、左手でしっかりとアシストグリップを握り、身体をシートに密着させ万全の態勢でウツラウツラと午睡をはじめる。心やさしいオレは、早起きをして遠路はるはる来訪してくれる天城さんの労をねぎらって30分以上かかる訪問先を選定して車を走らせる。

寝ている間に総案がつぎの訪問先に案内してくれる。同行セールスとは気楽なものである。

5. 天城さんの体内ラジカセ

湯の街ネヲンがとある旅行業者の前で車を止めた。天城さんが素早く目を開け営業体制にはいる。彼には睡眠中であっても、信号で停車するのと旅行業者の前で停車するのと違いを識別する能力がある。さすがは優秀な営業マンである。

さて、旅行業者と総案とは特別な信頼関係を築いていた。それは、総案が年間を通して頻繁に旅行業者のもとに顔を出し、有用な情報を持ち込み仕事の手助けをしているからだ。このような年月を経て両者は顔なじみとなった。天城さんが言うところの「所長の信用力」である。

信頼関係とはすばらしい。「こんにちは」のひとことで、すべての垣根が取り払われる。天城さんはこの雰囲気を察知する天才である。事務所内にヤア、ヤアというムードが生まれると、すかさず「ホテル舘山寺の天城です」といいながら名刺を差し出す。そのタイミングが実にいい。天城さん一気にサークルの一員となる。

ラジカセ

天城さんは、セールス環境が整うと、己の体内に埋め込んだラジカセにカセットテープを差し込む。よって、いつでもどこでも寸部たがわぬセールストークになる。毎回相手が違うのだから、それはそれでいいのだろう。その威力たるや強烈で、なにがなんでもすべてを聞かせるぞという迫力があった。

天城さんは、伝えたいことをマニュアルどおりに正確に話さないと気が済まないようだ。生保時代の営業手法をキッチリ守っていた。聞かされている相手のようすには無関心であった。そもそも温泉旅館業界には完璧というものがない。相対的に楽しければそれでいい世界である。

天城さんの堅苦しい話を聞かされている旅行業者が気の毒になり、オレが、彼の熱弁を無視してさえぎるように、関係のない話題をふって会話に割りこむ。旅行業者はホッとしたような顔をして、オレの話に乗ってくる。天城さんはムッとする。

オレは移動中の車内で「あのねー天城さん、旅行は遊びなんだから、もっと軽妙なトークで楽しく営業をやろうぜ」というと、天城さんにこっぴどくなじられた。

天城「所長(湯の街ネヲン)は不謹慎だ、営業は遊びではない!」とピシャリとやられる。さらに、せっかく話が盛り上がり、これからお客さんの話につながるという時にかぎって、所長はチャチャを入れて話をブチ壊してしまうと。だから所長のところは、営業成績が上がらないのだ、とそこまで言った。

おいおい、本当に話は盛りあがっていたのか?
そう思っているのは自分だけじゃないのか?

旅行業者の相対的な評価であるが、単独で来る旅館の営業マンは、目つきもいいし話の受け答えもシッカリしているという。なによりもいいのが、総案が連れてきた営業さんではないから、気を使わなくていいのが一番だという。

6. 下手糞な字で書かれた住所録

ある日、天城さんがいつもの自信にみちあふれた顔つきでやってきた。月一のぺースである。自信満々の石頭野郎ほど扱いにくいものはない。己の信じる道を固守するからである。

下手くそな文字のイメージ

朝の9時、車が動き出すと天城さんは、きまってA3横型の集計用紙に下手糞な字で書いた住所録をとりだす。オレが「そんな手書きの住所録はやめて、せめて、ワープロかパソコンを使えよ」というと、「いいんです!」と力強くいって「書類は心を込めて書くところに意味があるんです」と言い返す。

「今日の営業はどっち方面ですか?」と天城さんが問う。二人のいつもの戦いの始まりである。オレは適当な方向を指差しながら「あっち方面と」意地悪な答えかたをする。

天城さんはたまっているモヤモヤを吐きだす。「あのですね、所長! 他県(よそ)の総案さんは一日の営業コースがキッチリ決まっていて、次はどこの業者さん、その次はどこと順番どおりに営業をするんです。だから、われわれ旅館の者は事前に心の準備ができてそれなりの対応ができるんです。なのに、所長はいつも適当に回っているじゃないですか! まったくいい加減なんだから」と。

湯の街ネヲンは「適当に営業をしている!」の言いぐさにカチンと来た。「あのね~天城さん、オレは、前回とダブらないように、また、あなたの旅館との相性を考えて旅行業者を選び、さらに、20件のノルマを達成するために前の日から頭の中でコースをシミュレーションしているんだよ、あなたからすればいい加減なまわり方にしか見えないだろうが、オレはオレなりに真剣だ」と強い口調で返す。

そして「天城さんが、余裕を持って営業したければ、自分で一日の営業コースを決めてきなよ。そうすればその通りに回るよ」と続けた。

こんなとき、天城さんはダンマリを決め込む。自分に火の粉がかかりそうなときは、余計なことを喋って尻尾を捕まれるようなヘマはしない。素早い反論とダンマリ、素晴らしい処世術である。ちなみに、天城さんは営業コースを自ら決めてきたことは一度もない。

天城さんが旅行業者名簿作りに固執する最大の理由は、後輩のために資料として残すのだという。元生保の営業所長らいい発想であるが、この業界一筋の湯の街ネヲンに言わせれば、団体旅行主体の街の個人旅行業者のライフサイクルは明らかに衰退期に入っている。

オレ「後続の人のため? その頃には旅行業者そのものがなくなっているかもよ。だから、そんなもの役に立たないよ」というと、彼は「団体客は確かに少なくなったが、ゼロになったわけではない」と反論する。そして「団体客の数が減っていってもゼロにならない限りは、所長! あなたは夜も寝ないで頑張んなさい」っていう。それができないのは、所長が怠け者だからだといった。そら恐ろしいことをいうヤツだと思う反面、そこまで言われたオレは、世間の動きを見誤っているのかと心の迷いも生じる。

「じゃあ仮に、最後の一組の団体さんを獲得したからといって、それでどうやってメシを食うんだ!」といい返すと、天城さんは例によって黙りこくる。そして、ややあってポツリとひとこと「それでもやるんです!」と、強烈な一言を発する。おそれいった男である。

7. 現場での天城さん

埼玉県は車での営業マンを泣かせる。一本の道路でも右側と左側で市町名が違ったりしているように街と街のあいだの明確な境がない。また、高い山もなく、高層ビルも少ない平坦な県なので方向を見定めるのが容易ではない。特に、夜になると自分の現在の位置がまったくわからなくなる。だが、いつも助手席にいる天城さんには、こんなことは関係がない。

走行中にきたねえ字の業者名簿を見ていることが多い天城さんは、並の営業マンであれば、オレが黙っていても車の進行状況で次ぎの訪問先が判断できるのだが、彼にはそれができない。いつまでたっても「えッ、ここはどこ、なんていう業者さんなんですか?」というレベルである。オマエ本当に生保の営業所長だったのかよと疑いたくなる

目的地に到着した。天城さんは例によって「なんていう業者さんですか」と聞く。オレは彼の問いかけには聞こえないフリをする。すると、敵もさるもの、目ざとく看板を見つけ旅行業者名を特定すると、慌ただしく名簿をくくる。「○○さんのお店ですよね」と、担当者の名前をいいながら、己の台帳の正確性をアピールする。

旅行業者名簿作りに異常な執念を燃やす天城さんの極めつけの行動がある。旅行業関係者の中には、市販の旅行業者名簿に記載されてない人もいる。たとえば、バス会社の OB などの外務員と称する人たちである。当然、この個人の外務員宅には旅行会社の看板がない。

そんな家で表札が無かったり、本人が不在等で名刺が手に入らないときに天城さんは異様なおこないをするのだ。隣近所の人がみたらドロボーの下見ではないかと疑われそうである。

セールスお断り

「所長、ここは?」の問いに、オレは「なんとかさん家(ち)だよ」と生返事をする。彼の名簿作りに協力する気がないのと、年のせいでとっさに名前が出でこないからである。すると天城さんは、住所・氏名が書かれたポストなどがないかと、玄関先はおろか門柱の裏側までくまなく探し回るのである。

クソがしたくなった犬のようにウロウロと動きまわる。オレは、かわいそうな習性だなと気の毒におもいつつ隣近所の目を気にする。

犬といえば書類至上主義の天城さんは現場を離れるとなぜか淡泊になる。事務所に帰ってから、今日の不明の旅行業者欄を埋めようとする気配がない。家内や事務員に詳細を聞いている様子がないからだ。教えを乞うのが嫌いなタイプか?

オレ、天城さんと付き合ってわかったことがある。「これぞ本物の営業」というものが存在しないことを。特に対面販売は100人100通りの個性で勝負すればいいのだ!

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