JTBへの挑戦

街を歩くビジネスマン
  1. 旅の楽々タウン>
  2. JTB への挑戦 : 第二話

JTB への挑戦 : 第二話

世田谷の家
世田谷の住宅街の風景

湯の街ネヲンの人生初の営業活動がスタートした。出張中の宿泊先は世田谷区経堂にある社長の実家であった。ここには、戦時中の避難先としてホテル アタガワの本館(青雲閣)を買い取ったという社長の母親(以下、おばあちゃん)と、お手伝いの静さんというおばさんの二人が住んでいた。おばあちゃんは80代の半ばであった。

実は、この高齢のおばあちゃんは妖怪だった。

ネヲンが、この世田谷の家にはじめて厄介になった日の夕食のお膳を前に、おばあちゃんはネヲンの顔を見つめて「あなたがネヲンさんという方ですか」と、やさしくかたりかけ、そして、「そ~ですか、あなたがネヲンさんですか」と、ゆっくりと頷きながら「お父ちゃん(社長)は、ここへ帰るたびにあなたの話をするんですよ!」と、続けた。

「あなたは、いつも一生懸命働いてくれるそうですね。お父ちゃんは大助かりだといって、それはそれは感謝しているんですよ」と、思いもよらないことをいった。

さらに「これからも宜しくお願いしますね。お父ちゃんはとても期待していますよ!」と、丁重にいわれた。ネヲンは返答のしょうがなくてただ黙って聞いていたが、初対面で、しかも、80歳を超えたおばあちゃんに、こんなことをいわれて、心の内では、ますます仕事に励もうと思った。と同時に、この婆さんは妖怪か?という不謹慎な思いもよぎった。

電車でのセールス

この時代は、温泉旅館も旅行業者も雨後の筍のように、ようやく世間の陽の当たる場所に顔をだしはじめた時期だったので、温泉旅館も旅行業者もお互いに相手のことを充分に知りえていなかった。旅行業者の手元には、温泉旅館のパンフレットさえも満足にいきわたっていなかった。

こんな時代背景のなか、温泉旅館の営業マンの仕事は、旅行業者へのパンフレット等の配布が重要な課題であり、どこの旅行業者のカウンターにもパンフレットが置いてあると言われるのが、優秀な営業マンのあかしであった。

上野駅のホームの風景
上野駅のホームの風景

湯の街ネヲンは営業に出ることになったが、教えを請わなかったネヲンに対して先輩の営業マンたちは誰も営業の手ほどきをしてくれなかった。古びた分厚い全国旅行業者名簿を手渡されただけだった。ネヲンは、すべてが我流の営業で大都会の東京を歩きまわることとなった。

ネヲンは毎朝、熱川温泉と大きく書かれた2つの手提げの紙袋に、パンフと地図と名簿を詰め込んで出かけた。駅に着くと手先が ”J の字”になっていて、うまく切符が買えなかった。また、山手線のホームでは無意識のうちにベンチに座り、次々にすべりこむ電車の大勢の乗客の乗り降りをみて、このうち一車両分でいいから、毎日お客さんとして来館してくれたらどんなにいいことだろうと思っていると、すぐに居眠りがでた。

人間は苦労をすると知恵が湧く。

ネヲンは、電車に乗るとまず新宿や渋谷などの巨大ターミナル駅を目指した。駅のまわりには旅行業者が密集していたので、重いパンフをすぐに半減できたからである。地下街では人気のランチが食べられた。そして、食後は証券会社のフカフカの椅子に座ってひと眠りした。今みたいにマックなどの安いコーヒーが飲めたら最高であったろう…。

午後になってパンフが半減すると、電車も空いてくるしネヲンの気分も軽くなった。

午後の楽しみは読書である。ネヲン、この楽しい時間を確保するために、昼からの営業戦術を変えた。歩く時間を減らすために一駅につき一改札口の周辺だけの営業とした。移動手段を電車主体に切り替えた。電車に乗るとすぐに尻のポケットにねじ込んでおいた文庫本をとりだしページをめくった。若いというのは素晴らしい。すぐに頭が切り替わり一瞬にしてストーリーが浮かびあがり、小さな活字もなんのそのであった。

この時 ハマっていたのが、司馬 遼太郎の坂の上の雲であった。難敵・ロシアを営業に見立てていた。ちなみにファンは、騎兵を育成しロバのように貧弱な日本馬で、世界最強のコサック騎兵と戦った秋山好古だ!

我流営業のブーメランと二流旅館のエレジー

ある真夏の昼下がり、ネヲン、半袖ワイシャツに水色のネクタイ姿で個人経営の旅行業者さんの店頭に立った。「熱川温泉のホテル アタガワです」の挨拶と同義に「背広はどうした!」と、きつい声が突き刺さり、以後、延々と嫌味なお説教が続いた。店を後にしたネヲンは、教育のお礼に旅行業者名簿から抹殺した。客をくれてから文句をいえ!

このような小言は、ここだけの話しではない。あちらこちらで、ネクタイがダサい、靴が汚い、床屋へ行け、冬場にはコートの扱いが悪い。また、挨拶の仕方が云々、店の出入りがなってないなどなどと、お叱りをタップリといただいた。

ある日、ある店舗のガラス越しに、熱川温泉の有名旅館の営業マンと旅行業者が、にこやかに話しているのが見えた。「あっ、ここは熱川温泉に好意的なんだ」と思い、時間を空けて訪問した。「熱川温泉のホテル アタガワです」とパンフを差し出しながら挨拶をすると、「うちは、熱川館と大和館と大東館しか送客しないので、パンフはいらないから持って帰れ」と、一蹴された。二流旅館の哀しい現実であった。

そして、もの悲しい木枯らしが吹きぬける晩秋の夕暮れ時、本日最後の営業と決めて小規模の旅行会社に入店した。奥で男性二人が何やら話しをしていた。いつものように「熱川温泉のホテル アタガワです」と声を発すると、「ああ、そこへ置いといて」と、返事が帰ってきた。

ここで、あろうことかネヲンは逆ギレをした。

「わざわざ熱川温泉から出てきたのに、話も聞かずにそこに置いておけとはなんだ」と、ネヲンは大声でわめいた。すると、頭の薄い体格のいい年配の社長が、「まあ、まあ、」といいながらあわててとんできた。頑張っているネヲンのことを神様が見ていたのか、この人のいい社長のおかげでネヲンは事なきを得た。

つづく

人気記事

人気記事

人気記事

人気記事

人気記事

人気記事