JTBへの挑戦

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JTB への挑戦 : 第三話

伊豆熱川温泉にまた春がめぐってきた。そして、騒がしかった春季の旅行シーズンが過ぎると、静寂を破るものは寄せては返す波音だけであった。

波
伊豆熱川温泉のビーチ

旦那さん(社長)の思惑通りネヲンは踊った。社長は、まんまと一人分の給料を浮かせた。ネヲンはといえば、たいした成果はだせなったが、苦労を苦労と感じない性格なのか嬉々として営業に励んだ。ネヲンは、給料をもらいながら、きびしい営業の学校に通っているのだと思っていた。どちらもしたたかであった。

ネヲンは一年間の営業の総括をした。

出した答えが、東京都内には当館むきのお客さんがいないのではない。「都会の個人の旅行業者は、二流旅館のくせにへいこらしないホテル アタガワが嫌いないのだ!」で、あった。

では、どうする?

JTB にターゲットを絞った。「オイ、オイ、なんてことを…」と、手順を重要視する常識人の声が聞こえそうであるが、心配はご無用である。明治の日本人はロシアに戦いを挑んだではなか。戦略は、一国一城を築き上げた個人旅行業者の固定観念を突き動かすことは難しいが、優秀なるがゆえに常識的な人たちの集団・JTBには、きっと突破口があるだろう、であった。それでは、ご一緒に営業に出かけましょう。

JTB団体旅行渋谷支店にて

日本有数の団体旅行の拠点である、JTB団体旅行渋谷支店を攻略するために、湯の街ネヲンは大胆な行動をおこした。

忠犬ハチ公像
渋谷駅前の忠犬ハチ公像

その日の朝、ネヲンは一人、JTB 団体旅行渋谷支店が入るビルの裏口に立った。大都会のビルの表側は綺麗であるが、ひと気のないビル群の裏側は寒々としてギャング映画の舞台のようである。大仕事をまじかにひかえ、そんな雰囲気のせいか肉体的なプレッシャーを感じたが、精神的にはリラックスしていた。

開店時間の30~40分前になると、ポツリ、ポツリと社員が現れはじめた。余裕をもって出社してくる人達は、勤務中の顔とは違う穏やかな顔をしていた。

「お早うございます。伊豆のホテル アタガワです!」と、大きな声を掛けながらパンフレットに名刺をそえて差し出すと、どの人も軽く会釈して素直に受け取ってくれた。なかには、「ありがとう」とか「ご苦労様」などと、声を返してくれる人もいた。さすがJTBのみなさんは、紳士、淑女であった。

「な~んだ、簡単じゃん!」と、この時は軽いのりで鼻歌まじりのネヲンであった。

が、15分も過ぎると社員達がゾロゾロと列をなしてやって来た。ネヲンにとっては想定外である。さすがは大所帯の JTB 団体旅行渋谷支店の出社風景であった。

こうなるとパンフを手渡すだけで、ネヲンは、いっぱい いっぱいになってしまった。名刺など添えるいとまがない。また、挨拶のほうは「お早う…」とか「ホテル…」とか、とぎれ とぎれになって、自分でも何をいっているのか解らなくなってしまった。

このあわただしかった時間は、アッという間に過ぎ去った。ホッとひと息入れつつ、ネヲンは、支店の入り口の前にたち始業時間を待つ間、気を落ちつかさせながら、これからの店内での手配係りや営業さんへのセールス方法などを、無意識のうちにシュミレーションしていた。そして、思ったより簡単にことがはこんだので、ネヲンは、チョット有頂天であった。

思いもよらない事態となった!

JTB 団旅渋谷支店の業務開始の時刻になった。

すると、女子社員がでてきて「ミーティングが始まりますから…」といいながら入口のドアを閉た。ネヲンは「どうぞ」といいながら我が身を少しずらせた。このときは、まだ成功の余韻が残っていて気持ちに余裕があった。

ややあって、湯の街ネヲンを奈落の底へつき落とす入り口があいた。

再びドアがあいて、先ほどの女性がネヲンに「支店長が呼んでますから」といってフロアー内に招き入れた。ネヲンに嫌な緊張が走った。女性のあとについて恐る恐るフロアーに入ると、そこでは全社員が起立してミーティングをしていた。全員の目が一斉にネヲンに注がれた。突然、大量のフラッシュを浴びせられたようで、頭の中がクラクラとして自分が誰だか解らなくなった。

支店長のとなりに並ぶようにと女性が促した。

何だ! 何だろう? 営業経験の浅いネヲンは、ついつい弱気になって、ドキドキしながら支店長の隣におずおずと近寄った。

寡黙な支店長がいきなり言った。

「5分間あげるから、あなたの旅館の宣伝をしなさい!」と・・・。

「ドヒェーッ、マジか!?」とネヲン、予想だにしない支店長のひと言に、慌てふためき、脳内は大混乱で心臓がバクバクした。

折角、大望を抱き清水の舞台から飛び降りる覚悟でパンフ配りをし、大きなチャンスを一瞬でつかんだといのに、湯の街ネヲン、すべてが我流というインスタント営業マンの未熟さが露呈し、まともなプレゼンができなかった。

支店長の「あなたの旅館の宣伝をしなさい」との意味がわからず、「自分の旅館の欠点ばかりを並べたてて、こんな旅館ですが、よろしかったらご送客ください」と、やってしまった。

心やさしい幾人かがパラパラと拍手をしてくれたが、ほとんどの営業社員達は、「そんな旅館に、お客さんなんか送れるか、アホ!」と、思ったであろう。このときネヲンに支店長を見やる余裕があったら、こんなダメ男のために貴重な時間を無駄にされたと苦虫を潰したような顔の支店長をみただろう。「あぁー もうバカ バカ!」である。残念!

その後、どのようにして支店を退出したかの記憶がない。気がつけば、道玄坂のビルの合間の天を仰いでいた。青空に白い雲がポッカリと浮かんでいた。

「負けてたまるか!」

尻のポケットには、文庫本の「坂の上の雲」が、ねじ込まれていた。

つづく

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