JTBへの挑戦

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JTB への挑戦 : 第四話

新館と旧舘はあったが、ホテル アタガワの45の客室のすべてがバストイレ付きでオーシャンビュー。通称250名の収容人員であったが、実際には200名そこそこであった。宴会場は二つで、大きいほうが100名、小さいほうは35名の収容である。眺望はないが、そこそこの大きさの男女別の大浴場があった。また、当時では珍しい夕食のバイキング場があり、夜は雰囲気のあるクラブになった。

宴会のイラスト

人間とは、なにごとも自分に都合よく考えるものだ。ネヲンも例外ではない。

団体さんを効率よく集客するには、団体旅行専門の旅行業者にセールスをかければいいと結論づけた。が、ホテル アタガワの湯の街ネヲンが想定する団体さんとは、50人前後のバス1台単位のお客さんである。しかし、JTB 団旅渋谷支店の顧客のターゲットは、バス5台とか10台とかの大型団体であった。

その後、JTB 団旅渋谷支店への営業は頑張ったが、成果はほゞゼロであった。ネヲンのドジもあったが、ホテル アタガワは、大型団体向きの旅館ではなかったからだ。

JTB は、凄い!

これまでは、JTB の全国の支店で発生した予約や取り消しを東京の手配センターにあつめ集計し、毎日、個々の旅館と電話でやり取りをしていたが、JTB は、こんな状況を一変させた。

緊張をしいられた予約の電話が、深夜0時になると強烈な機械音とともにヘビのように吐き出される不規則な穴があいた細ながいテープで要件を伝達する「テレックス」になった。

同時に、JTB の店舗内の旅館販売用の資料が、完璧なタリフとして整備された。それぞれの旅館の詳細な情報はもちろん、温泉の効能や温泉地のこと、食事処、土産物店なども記入された温泉街の地図や付近の見どころ、観光施設などが余すことろなく記載されていた。

それに伴い、旅館は、パンフレットのサイズを全国統一規格にするように要望された。また旅館は、それぞれの温泉地内で 01、02、などと格付け的な番号を付与された。ちなみに、ホテル アタガワは「06」であった。「06」とは、熱川温泉の旅館に6番目で申し込んだお客さんの予約が入るという意味ではない。カウンターの社員たちの旅館選択順位が6番目であろうということである。

これら業務のシステム化によって、千差万別の全国の旅館を、経験のあさい社員でも、タリフを片手にコンピューターの画面の指示にしたがって入力すれば、お客さんの要望通りの旅館がいとも簡単に予約・販売できた。おまけに、宿泊クーポンや電車のきっぷなども瞬時に発券されたので清算業務も簡素化された。

JTB 新宿西口支店にて

JTB の店頭販売のシステム強化は、同時に、JTB の店頭販売員が、湯の街ネヲンなどの旅館の営業マンから現地の情報を収集しなくても不便をきたさなくなった、ということである。そのことは、店頭に並ぶ社員たちが金太郎アメ化した。

街の旅行業者のような露骨な対応と違って、JTB の社員は、どこの支店でも、にこやかに応対してくれるが、その先の関係が構築できない。暖簾に腕押しである。これには、大型団体客への営業を放棄し、個人客の集客へとターゲットを絞ったネヲンは、おおいに悩まされた。

ネヲンの営業をはばむのは、「融通の利かない奴」と「クソ真面目な奴」である。そして、一番始末が悪いのが、無表情で「ハイ、わかりました」と、オウム返しをするヤツである。コイツは、取り付くシマが無い!

水虫とおともだちのネヲンは、革底の靴を愛用していた。革底靴は穴があくのが早い!

押しても押しても響かない、愛想のない JTB 社員たちへの営業は、「坂の上の雲」を愛読中のネヲンにとっては、旅順港を一望する203高地山頂のトーチカからロシア軍が乱射する機関銃をも恐れず、山頂の占領を目指す日本兵が総攻撃を繰り返し死屍累々となった旅順攻防戦のようであった。乃木大将の「突撃!」の号令が聞こえたような気もした。

新宿駅西口の風景
現在の新宿駅西口の風景

ある日、ネヲンの努力に神様がほほえんだ!

JTB の新宿西口支店で、いつものようにカウンターセールスをしていると、傍らのイケメンでやんちゃそうな若い社員がネヲンの差し出したパンフをみて、ひと言いった。「ホテル アタガワさん、お客さん入れといたよ!」と…。

ネヲン、反射的に「有難う御座います!」と、いいながらその顔を見てひらめいた。

今回の戦(営業)のポイントは、精密なシステムによって動いている、優秀で規律正しい従順な社員たちに、どのようにして風穴をあけるかということである。そのヒントを、イケメンの彼氏が与えてくれた。いかに優秀な企業集団の JTB といえども、少数であるが、システムにしばられない社員がいることを知った…。

JTB 攻略の糸口を見つけたネヲンの営業スタイルが変わった。

JTB の支店に入ると、まず、カウンターにいる社員たちの顔つきや服装、動きを注意深く観察した。アウトサイダー的な社員を見つけだすためである。特徴のなさそうな奴は無視であった。

どんな組織にもいるものだ。我が道を行く社員は…。そんな彼氏、彼女を狙いうちした。このタイプの人たちは感情で動く人が多いので、出来の悪そうなネヲンをみて応援してくれた。出来が悪くても続ければ、それは武器になる。

観光地・伊豆は広い。エリアだけでも東伊豆、中伊豆、西伊豆、南伊豆と4つもある。そのエリアのなかには数多くの温泉地があり、星の数ほどある旅館の中から、お客さんが「伊豆に行きたい」といえば、いの一番に、ホテル アタガワ をすすめてくれた。

ちなみに、このシステムを無視するような JTB の社員たちの行為は、規律違反にはならない。お客さんの希望であれば、どこの旅館を手配してもよかったからだ。

この戦術はみごとに当り送客数が増えた。そして、思わぬ波及効果もたらした。これまで、JTB と旅館を結ぶのは、テレックスだけであったが、「湯の街ネヲンさんお願いします」と、JTB の社員からじかに宿泊依頼の電話がくるようになった。旅館の仲間たちは、天下の JTB から指名の電話が入ることを凄いと評価してくれた。

曲がりなりにも、ネヲンが成果を出せたのは、社長の指示(?)に従わず3日間遊ばなかっただけである。大きいのは、営業に出るスタートがスタートだっただけに、ネヲンの気持ちに成果に対する焦りわかなかったことであり、同僚達からも無成果の批判が出なかったことで、マイペースを貫けたことだった。

JTB 蒲田支店にて

この日、ネヲンは、年末の気配が色濃く漂う大田区の JTB 蒲田支店にいた。11月も下旬になると大都会 東京の街にも木枯らしが吹いた。

JTB の支店営業のコツをつかんだネヲンは、いつものように店舗の片隅で社員たちの動きを見ていた。余裕とは恐ろしいもので、カウンター越しにやり取りしている、年配の管理職風の人と若いジャンバー姿の二人連れのお客さんとの雰囲気があやしいことに気が付いた。JTB のこの職員には、売り上げよりも、煩わし仕事にかかわりたくない様子がありありであった。

ネヲンは、その席の隣の社員をめがけて立ち上がった。カセットテープを ON にしたようなセールストークをしつつ、隣の席の会話に耳をそばだて広げられたパンフレットを盗み見た。

会話の内容が掴めた。忘年会パックの20名様からというところで折り合いがつかないのである。はなからやる気のない JTB のオッサンは「規定が…」の一点張りである。お客さんは、一班で15~6人はいるのだから「そこを何とか…」と、食い下がっていたのだ。

交渉の決裂が必死とみたネヲンは、ここでの営業はやめて、店外で2人連れお客さんにアタックしてみようと思った。店舗の前には蒲田駅に向かう歩道橋があった。橋の上からは店舗が丸見えである。お客さんを見逃してはならずと、ネヲンは、店舗の人の出入りを確認しつつ木枯らしに耐えて待つことしばし。

仕事の波に乗っているときは、こんなものである。

登って来た! 「ホテル アタガワの湯の街ネヲンと申します」と、名刺を差し出しながら二人の若者に声をかけた。旅館にとってはおいしいコンパニオンパック、話は橋上であっさりと決まった。この若者は、なんと全日空の羽田空港の地上勤務者で作る労働組合の幹事であった。

15~16人を一班として、10班でローテイション勤務をしているそうだ。が、取りあえず仲のいい人がいる3班の来館を確約してくれた。なお、残りの班の人達には我々の結果を見て、よければ次の機会に必ず紹介するとの約束までしてくれた。

ちなみに、必死に捕まえたお客さんに、ネヲンが現地で粗相をするはずが無い。当然、若い人達は喜んで帰り、残りのグループを次々と紹介してくれた。蒲田と伊豆は、旅行距離も丁度いい。時期がくると、毎年来てくれた。そして、何人かは、新婚旅行で来てくれた。

さらに、オマケもついた。ネヲンに対する社長の評価があがった(?)のである。全員集合の席などで「あれはど不愛想だったネヲンさんが、お客さんのまえでニコニコとするようになった」と、人は変われる、という例として機会あるごとに持ち出した。

ネヲンが、やっとお客さんは可愛いものだと思えるようになっとき、ホテル アタガワのネヲンの上司の支配人は雲の上の存在であった。

支配人は言った。

「オレは、お客さんにスリッパで横っ面をひっぱたかれても平気だ」と…。

ネヲンの頭のなかにはない言葉であったが、すぐに思った。

お客さんの可愛いさと、同時に、怖さも知ったネヲンは、何かあったら支配人の後ろに隠れればいいと。なにごとにも、前むきなネヲンであった。

蒲田のさくら咲く

蒲田の桜
蒲田の桜 あやめ橋付近

さらに、話は続く。

この人達は全日空の「健保組合」まで紹介してくれた。健保組合への訪問とはいえ、全日空の本社ビルに出入りできるのはとても気分がよかった。そこでは、組合員の旅行だけではなく、無理難題な航空券の問題まで解決してくれた。蒲田で、さくらが満開となった。

つづく

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